イラク国民議会選挙投票に向けて

F.フォーサイス「神の拳(上)(下)」1994年
ISBN:4042537170  ISBN:4042537189
湾岸戦争(1990年)でイラクがクゥエートに進行してから、多国籍軍による本格的な戦闘に至るまでの経緯を、事実を絡めつつ、フィクション*1として「神の拳」と呼ばれる"何か"を巡っての英米情報局、特にバグダッド生まれの英国人、マイク・マーチンを軸としての情報戦を描いた小説。フォーサイスらしく、単なるフィクションに終わらず、武器輸出や、戦時中の情報統制に対する懸念についても書き込まれている。
そして、湾岸戦争ではイラク・サダム政権はなぜか倒されずに、今回のイラク戦争でこれまたなぜかサダム政権を倒して、民主化しようとしている。丁度来週に議会選挙を実施しようとしているが、様々な妨害で難しいと言うのも報道の通り。

本書を読んで価値があったと思うのは、本書の18章で地上戦が直前に迫った時期に、米国国務省・政治情報分析グループから、ベイカ国務長官(当時)に宛てたイラク政治情勢分析レポートです。それによると

  • イラク統一国家としての歴史が無い(スンニ派シーア派キリスト教徒、クルド族が弱く結びついている)
  • 歴史的に、王家もしくは独裁政権による政体しか存在した事が無い
  • もしサダム政権を倒し、主要な勢力を包含する連立政権を外部からあてがった場合には、各勢力の勢力争いが今以上に激しくなる
  • 結果として、イラクは分裂するだけでなく、周囲の国々も巻き込んでの大規模かつ泥沼化した戦争になる恐れが非常に強い

このレポートが本物かフィクションかは判りかねますが、これに近いレポートがあったとしてもさほど不思議ではありません。
小説では、このレポートのために岸戦争ではサダム政権を倒さず、軍事力を削いで弱体化させただけで撤退した(が、実際には逆に軍事費の負担が減って、逆にサダム政権は強化された)と言う事になっています。
しかし、今まさに「サダム政権を倒し」て「主要な勢力を包含する連立政権」を樹立するための選挙が行なわれようとしていますが、テロ等による妨害が激しく、選挙すら危ぶまれている事を見ると、上記のレポートがあまりにも的確な指摘をしているように見えます。 少なくとも「イラク」という”国”に対して、我々日本人が"国"にもつイメージとは違った見方をする必要があるでしょう*2

それにしても、Amazonだとマーケットプレイス*3で程度を問わなければ、1円からあるのね(笑)

*1:とはいえ、下敷きになる事件は実在する

*2:それを考えると、自称イラク通でイラクの人のことを十派一絡げに「イラク人」と言う人は「わかってない」んじゃないかな

*3:つまり古本